著者はNHKの番組「白熱教室」で知名度が高いサンデル教授。同教授はハーバード大学で政治哲学を教えている。
かつて、ノーベル賞を受賞した有名な市場経済学者ミルトン・フリードマンは価格決定について、市場(需要と供給)による価格の決定に政府は介在すべきではないのではないか、と述べ、資本主義における「自由市場論」を打ち出した。
1980年代、経済が行き詰まったイギリスでサッチャーが首相に就任し、米国ではレーガンが大統領として登場してから、市場信仰と規制緩和が経済政策の考え方として主流になっていった。
サンデルは言う、「市場勝利主義の核心にある道徳的欠陥は強欲さである。それが(国民やユーザー)に対して無責任なリスクを招くようになった」。だが、この30年間に起こった決定的な変化は「市場と市場価値が、それらがなじまない生活領域まで拡大した」ことだという。
サンデルは、米国内の学校・病院・刑務所などで営利を目的とする社会的現象が急増しているとし、その事例を紹介している。
共通テストで子どもに“賄賂”?
その一つが、米国中の学区において、共通テスト(ナショナル・スタンダード・テスト)で好成績を修めた子どもに対し、学校がお金を払うことによって学業成績を上げようとしている現状だ。
金銭的なインセンティブにより、米国内の学校を苦しめる病が治療できるという考え方は、教育改革運動(?)の中で大きくなっているという。
「学校が子どもに賄賂を贈る」といったことが果たして正常な教育なのか。ハーバード大学の他の経済担当教授の研究も紹介しながら、教育に及ぶ市場経済主義のおぞましさが紹介されている。
サンデルはそうした「すべてが売り物となる社会」への懸念を二つ挙げている。
その1つは不平等に関するもので、政治的影響力、優れた医療、安全な地域に住める機会、問題のある学校ではなく一流校への入学など、お金で買えるようになるにつれて収入や富の分配の問題が大きくなり、あらゆるものが商品化してお金の必要性が高まっていくことが説明されている。
市場が招く腐敗
もう一つが「市場は腐敗を招く傾向にある」との現実だ。生きていくうえで大切なものに値段をつけると、それが腐敗してしまうおそれがあるという。
たとえば子どもの読書量を増やすため、子どもが本を読むたびにお金をあげればもっと本を読むかもしれない。しかし、子どもたちには「読書が心からの満足を味わわせてくれるもの」ではなく「面倒な仕事」だと思えと教えているのに等しい、と述べている。
また、新入生となる権利を最高価格入札者に売れば、大学の収益は増えるかもしれないが、大学の威厳と新入生の名誉は損なわれるといった腐敗が起こるという。
「お金で買うことが許されるものと許されないものを決めるには、社会、市民生活のさまざまな領域を律すべき価値は何かといったことを決めなければならない」。
こうした問題をいかに考え抜くのか ――。本書は、その道案内をしてくれる格好の良書といえるだろう。
『それをお金で買いますか・市場主義の限界』マイケル・サンデル著、鬼澤忍訳
(早川書房発行)/A5判・定価2095円+税
|