今年6月3日、内閣府の教育再生実行会議が、第12次提言をまとめ発表した。
ポスト・コロナと“DX”
提言書では、コロナ時代の教育の在り方を「ニューノーマル」な社会における教育と定義づけ、「Society5.0時代に向けた動きや、デジタル・トランスフォーメーション(DX)の潮流と相まって、従来の方程式では解が見つからない社会問題にどう取り組んでいくかという大きな問題を提起している」としている。
デジタル・トランスフォーメーション(DX)とは「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を駆使して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」(富士通ジャーナル)らしい。
では、提言でいう「教育におけるデジタル・トランスフォーメーション」とは具体的にどのようなことを指しているのだろう。
教育は、優位性を競争するものではなく、ましてデータを駆使するといっても自ずと限界があり、産業界の情報のように何でもビッグ・データ化できるわけでもない。
今や、文科省でも全国学力調査や、その他の調査分析等を入札方式で外注するようになったが、個人情報の安全性については証明されていない。
何でも単純にビッグ・データ化することは、児童生徒のみならずその家族の個人情報の保護までもおびやかすことにならないだろうか。まずはセキュリティ対策の実効性を文科省が明らかにすべきではないか。
「サービス政策課教育産業室」と EdTech
提言書では「データ駆動型の教育への転換」が提言され、その中で「(児童生徒の*編集注)学習履歴等の教育データの利活用」が謳われている。
さらに提言書では「国は EdTech を活用したモデル事業の創出・効果検証を進め、教師の研修機会の創出等を通じ普及策を講ずる。また、STEAM学習に向け、オンライン探究型
EdTech 教材等を開発し、オンライン・ライブラリを拡充し、全国での活用を推進する」としている。
経済産業省で塾業の育成を図ってきた「サービス政策課教育産業室」は、教育再生実行会議による提言書発表の1週間後、ただちに文科省情報教育・外国語教育課に宛てて協力依頼の文書を送っている。<「『EdTech
導入補助金2021』を活用した EdTech ソフトウェア・サービス導入実証の推進について(協力依頼)」>
一般社団法人「ICT CONNECT21」
このEdTech補助事業の主体となっているのが、電通・パソナ・大日本印刷・トランスコスモスなどで構成される、一般社団法人サービスデザイン推進協議会だ。
同協議会は経産省から、2019(平成31)年度を初年度とする約10億円の予算措置を受けて、Edtech事業をスタートさせている。
だが、EdTech事業による補助金等の実質運営は、元東京工業大学教授の赤堀侃司氏を会長、大久保昇・株式会社内田洋行代表取締役を副会長とし、理事には株式会社リクルート・ベネッセコーポレーション・インテル株式会社・アマゾンウェッブサービス・グーグル・富士通・NEC・公益社団法人全国学習塾協会・Z会グループ・大日本印刷・一般社団法人新経済連盟・公益財団法人パナソニック教育財団・日本民間教育協議会などが名を連ねる「一般社団法人ICT
CONNECT21」が行うことになっている。
またこれと並行し、経済産業省サービス政策課教育産業室では「未来教室」と「EdTech 研究会」を発足させ、NTTやATRなど通信関連企業の協力のもと、教育のデジタル化に伴う民間教育産業の活性化を進めようとしている。
だが、教育関連機器がどれだけ高性能化しても教育のすべての部分に取って代わることはできないし、現在の日本の教育をすべて民間教育産業だけで担えるわけでもない。つまるところは、ツールを扱う教育現場の先生等のマンパワー対応如何の問題ということになる。
代替出来ない教育のヒューマニティー
「昨年春のコロナ発生の時期から、文科省の生徒一人一台の端末機設置政策によって、本校でも中学1年生から3年生まで備品として揃えられました。授業を止めなければならない時期でもオンライン授業ができたことは良かったと思います。しかしながら、教育のデジタル化をすべての場面で出来るかというとそうではありません。教育の中身全体がトランスフォームするわけではないのです。生徒たちの理解が促進されるアプリや、自習のコンテンツなどを各先生方が工夫しながら創り、蓄積できるという面で、デジタルには優れた機能があり、授業にもプラスの方向で役立つものとなるでしょう。ただ、デジタル教科書に関しては、文科省の検定教科書があり、デジタル化できるもの以外はやはりペーパーブックになるということも考えられているようです。
一方、端末機器というものは4~5年過ぎれば古くなり、必ず買い替えの時期がやってきます。その費用の助成はどうなるのか。私はいま、日本私立中学校高等学校連合会の常任理事の職にありますので、文科省担当者との折衝で話をお聞きするのですが、国は予算化の継続を想定していないようです。こうしたコストが将来、授業料に跳ね返ってくることは避けたいものです。私学振興法では、私学の教育費の二分の一を国が負担することが義務付けられていますが、基本的な部分ではまだ到達し得ない問題が山積しています」(灘中学校高等学校・和田孫博校長・談)。
教育政策揺るがす“迂回”方式
本来、国の予算のうち、教育に関する補助金や費用については文科省への予算配分で増額するべきものだろう。
経産省から2つの一般社団法人を迂回して補助金配分されるというのは、文科省の教育政策の根幹をも揺るがしかねない。
米国のように、高額所得者の子弟が通うボーディング・スクールは別にして、多くのチャーター・スクールでは、覚せい剤の生徒間での取引、恐喝、暴行を防ぐためのスクール・ポリスが配置されている。
格差社会化と教育の産業化は、日本の中等教育を荒廃させるに十分な資質を含んでいる。<N>
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