著者は、ノーベル賞経済学者でコロンビア大学教授のジョセフ・スティグリッツ。「わずか上位1パーセントの富裕層が国民の全所得の20パーセントを収奪している」と教授はいう。
今や米国の大学のビジネス・スクールでは、「いかに自分たちにとって市場を独占できるルールをつくるか」ということが日々講義されているという。いわばフェアな競争の概念ではなく、自分が得をする土俵づくりの方法を教えているというわけだ。
特定集団への利益集中で
景気刺激されず
一方、米国の企業のなかには「賃金コストが高くて海外生産をしなければならない」と労働者側を脅し、労働時間の延長か賃金のカットかを迫る場面も多々見受けられるという。
国民の労働賃金が低く抑えられれば消費が停滞し、また富裕層に移転したカット分の所得は、ひたすらストックされるために景気を刺激せず、逆に労働者の間には、労働に対するインセンティブが働かなくなると述べている。
その事例として、ブリジストン・ファイアストンタイヤ社が2000年にリコールした欠陥タイヤ(1000人以上の死傷者を出したとされる)の事件なども紹介されている。
米国に見られるこうしたアンバランスな経済状況は、日本においても一部同様に見られるようになってきた。貧富の差が米国ほどではないにしても、今の日本で着実にそうした状況が起こりつつある。
「問題なのはグローバル化そのものの善悪ではない。世界各国の政府がグローバル化をうまく運営できず、特定の集団だけに利益を与えていることだ」とスティグリッツ教授はいう。
生産性・生活水準の向上に
重要な政府の役割
「市場が強力な力をもつ一方で、道徳的にふるまう性質は備わっていない」「生産性と生活水準の向上には各国の政府も大きな役割を果たしており、この事実を自由市場主義者のほとんどは認識できていない」と述べ、各国政府による規制緩和に対する強いルール管理に期待をよせる。
スティグリッツ教授は、リーマンショックもそうした米国の金融セクターが引き起こした事件であり、当時の政治がそれを助長したと断じている。
「一部の人々のための政治」が
国民の所得を奪う?!
また、「真の民主主義とは、2年ないし4年ごとに選挙が行なわれることではなく、選挙による選択は有意義でなければならず、政治家は国民の声を聞き入れる必要がある」と現代の米国の政治制度を非難する。
一部の人々の利益のための政治、そのために多くの国民の所得が奪われているという米国の政治制度の欠陥は、この本を読んでいくと、近い将来TPPの交渉次第ではわが国に影響が及んでくることへの確信にもつながっていくようだ。
米国内の弁護士たちは、政治へのロビー活動を通してどのようにしたら依頼者である企業団体が法的欠陥を突いて利益を得ることができるか、ということを考えるのが主な仕事になってきているという。
わが国にそうした状況を照射してみると、ここ数年、テレビ業界の地デジ化や、コンピュータ販売、コピー機販売などにおけるサービスの有料化、さらにはその製品自体に欠陥がある場合でも問われない有料サービスのしくみ、手数料の値上げなど、消費者に価格転嫁する企業が増えてきたことと相通じる部分が感じられる。
不平等や賃金の格差が米国から韓国へ(韓国ではいまや非正規雇用率が約50%といわれる。※編集注)、また人心から物心に大きく変化した中国へ、さらには日本へと、アジア経済への植民地化の構図までも見えてくる。
これからの日本の政治・経済の動きを注視していく中で、ぜひともおすすめしたい一冊である。<H>
『世界の99%を貧困にする経済』
J.スティグリッツ著/楡井浩一・峯村利哉訳
徳間書店刊/A5判ハードカバー(1900円+税)
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