近代史の中で「満州国とは?」と問われたとき、私たちはその具体的事実を述べられない場合が多い。あまりにも虚実が混合しているからだろうか。
『満州裏史』と題したこの本には、満州事変から満州国の滅亡までが、戦時資料と伝聞調査によって描かれている。
社会運動家大杉栄夫妻を暗殺したといわれる憲兵大尉甘粕正彦と、東条英機内閣で商工大臣を務め、戦後総理大臣となった岸信介氏との満州国での出会いから日本の敗戦までが、満州国の歴史そのものと重ね合わされ、この本の価値となっている。
東京帝大の学生であった岸氏は、天皇機関説論争で当時有名だった上杉慎吉東京帝大教授の後継者として厚い信頼を受けていたといわれる。
だが、教授職に就くことなく、その後満州国の商工省官僚として“花を咲かせる”ことになる。脇には常に、関東軍特務機関の甘粕正彦がいた、という。
後に満州鉄道の総裁となり、満州国の経済を一手に担う松岡洋右は、岸氏の叔父。
さらに満州重工業株式会社設立に参画し、日産コンツェルン創立者となった鮎川義介は岸氏の大叔父。
“満州の二き三すけ”(東条英機・星野直樹・鮎川義介・岸信介・松岡洋右)といわれ、互いに絆の深かった人物が次々登場する。
当時の満州国が、「泣く子も黙る」関東軍ではなく、ごく限られた財界人や官僚たちによって実質的に支配されていた、との背景説明にも重みがある。
明治維新以降、日本の政治は薩長によって動いてきたといわれる。長州・山口県が出身地の安倍総理は、歴史的人物でもある岸信介氏の孫にあたる。
近代史の伏流水は、日本の今と将来にどのような姿を現していくのだろう――。
『満州裏史~甘粕正彦と岸信介が背負ったもの~』
講談社文庫・太田尚樹著(838円+税)
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